母の病気
丁度その時母親が乳がんになりました。家の中はちょっとしたパニックに陥りました。
ある日、高校から帰って何か落ち込んでる母親が、”お母さんがんやねん”と聞いたときの私の第一声が”ガーン”だったこと、
そしてそこにいた家族が誰も反応しなかったことは今でもよく覚えています。。
しばらくして母親がいなくなり、父親は看病だったり仕事だったりと忙しくしており、
上の兄弟はもう家をでておりましたので、一人で家にいる時間が多くなり、その分一人で物事を考える時間が多くなりました。
もちろん母親の事は心配でした。病院にも何回も通って母親と話をしていると、「もしかしたらお母さんはしんでしまうかもしれない。」という感覚と、「自分はこれでいいのか?」という焦りが噴出しました。
私は、その時、中学の時になんであんなに勉強したか思い出す事ができました。
私は中学2年生の時に、「ツルモク独身寮」という漫画にハマっていました。その漫画の主人公の将大君という25歳くらいの木工技師がいろいろな物語の末に最後はフランスに行くというストーリーです。私はその漫画をみて、将来アメリカに行って仕事がしたい!と強く思っていました(なぜかフランスからアメリカに変わってるけど。。)。 私が高校受験を頑張って来たのも、将来アメリカに行きたい!そのためには工業高校では難しいのだ、という感覚的ではありますが、そういう想いがあったからこそです。そうする為には、間違いなく英語がペラペラになっている必要があるのです。私はその一点に思いを集中させ、どうやったら自分が将来英語ペラペラ(表現は幼稚ですが、当時はそんなもんです)になるかに意識を集中させていました。